「MI−6のあなたがなぜ・・・」
声が震えて子供のようになり、アンジェリークは唇をかんだ。
大きな瞳は衝撃の影が揺れ、アリオスから視線を動かせない。
アリオスは静かに口元を僅かに上げ、肩を竦める。
「情報部は、おまえの父親に借りがある」
「えっ!?」
「詳しいことは、機密にかかわるから言えねぇが、とにかくそうゆうこと。おまえを守り、犯人をヤードに引き渡すまでが、俺が受けた任務」
「だからってMI−6がわざわざ出て・・・、ん・・・!!!」
突然、アリオスに唇を塞がれ、アンジェリークは、驚きと、馴れないことへの戸惑いで、瞳を大きく見開き、呼吸が出来なくなった。
彼の口づけはとても深く、無意識に開いた彼女の唇の間に舌を割り込ませて、乱してゆく。
彼女の頭が真っ白になりかけたときに、ようやく唇が離された。
「煩い女の口を塞ぐにはこれが一番だ」
「もう!!」
アンジェリークはかっとなって顔を赤らめながら、アリオスの胸を殴ろうとしたが、彼に素早く両手を片手でつかまれた。
「甘いぜ? 俺もエージェントの端くれだ。機密の守秘義務はある」
鋭い抜き身のような視線を、一瞬だが、向けられて、彼女は手の力を抜き、逆らうのをやめた。
彼の視線は、厳しく冷徹で、それが、彼がエージェントだあることを、彼女に知らしめる。同時に、彼の視線は、全身を抗えなくなるほどの不思議な威力があると、彼女は感じる。
アリオスは、優しく彼女の腕を解いてやると、彼は喉を鳴らして出し抜けに笑った。
「安心しろ、お子様はここまでだ」
「もうっ! アリオスのバカ!」
彼女の表情には、最早先ほどのように、彼を責めるようなキツイ面はなく、少女らしい明るさが戻っていた。
「ちょっと、待ってろ」
素早く車を降りたアリオスは、車に持たれ、時計を操作する。
彼の時計は、時には仲間への連絡用のトランシーバーとしての機能を持っており、もちろん傍受対策も施されている。
「あ、ランディか? 俺だ。直に死体を処理しておけ」
『はい、了解しました』
死体処理の連絡を済ませると、彼は、助手席のドアを静かに開けた。
「行かなきゃならねえだろ?」
「うん」
アリオスが、エスコートするようにアンジェリ−クの手を取り、車から降ろしてやった。
その途端、彼女の表情は緊張の余り強張る。
それは空気を通して、アリオスにも伝わる。
「どうした?」
「私、"薔薇の会”の会合が苦手だから・・・。私より経験のある方ばかりで、萎縮してしまう・・・」
「だけど、誰よりも薔薇を愛している自信はあるんだろ?」
アリオスの言葉が、アンジェリークは何よりも嬉しかった。彼女はコクリと力強く頷き、芯を持った力強い彼女本来の視線を、彼に向けた。
「クッ、やっぱりな。おまえを見てたらわかるぜ」
彼の洞察力は、流石だとアンジェリークは思う。そんな彼に守られている自分は、本当はとても幸せなのではないかと、彼女は思い始めていた。
肩をポンとアリオスに叩かれると、アンジェリークは、不思議と自信がついていく。
「行くぜ?」
「うん」
促されて、アンジェリークはアリオスを会場へと導く。
その反対側では、アリオスに撃たれた刺客が、何も語らず転がっていた。
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二人が会場に入ると、既に多くの会員たちが席についていた。
アンジェリークは、彼女本来の純粋さを表す笑顔を会員たちに向け、挨拶をしている。
皆、表面上は彼女に友好的だと、アリオスは思う。
彼は、無意識にスーツのポケットから煙草を取り出し、それを銜えたところで、誰かにポンと肩を叩かれた。
「この会合は禁煙ですよ」
「ああ、すまねぇ」
振り返ると、金の髪をした上品そうな紳士が穏やかに笑いながら立っていた。
「あ、ロレンス卿!!」
「アンジェリーク」
紳士の姿を見つけた途端、アンジェリークは彼に駆け寄り、その手を取った。
「お久しぶりです!!」
「----今回のことを聞きました。コレット博士はお気の毒でしたね・・・」
気の毒そうに胸を押さえながら、紳士は眉を顰め、同情を表している。
「いいえ。あの時は、花束をどうも有難うございました」
アンジェリークの表情は、辛いことを思い出したせいか、僅かに翳りを見せたが、それを誤魔化すかのように、頭を深々と垂れた。
「あ、アリオス。この方は、"薔薇の会”の代表で、世界で最も"青い薔薇”の栽培の成功に近いと言われている、ロレンス卿よ。ご自宅は大邸宅で、その庭には、薔薇が咲き誇っていて、とってもステキなのよ!」
彼女は、興奮気味にロレンスのことを紹介したが、アリオスは僅かに眉を上げただけだった。
「アリオスだ。彼女とは、一緒に仕事をさせてもらってる。あなたも、"青い薔薇”の魔力に夢中ですか・・・」
彼は、艶やかな深い微笑を皮肉げに浮かべると、ロレンスに手を差し出した。
「ロレンスだ。アンジェリークの父上とは、"青い薔薇"について親交をさせてもらっていた」
二人は表面上は笑っていたが、それは社交辞令に過ぎない。
その証拠に、お互いに握手をしても、互いの目は笑ってはいなかった。
手のぬくもりで、彼らは人を判断することが出来る。
「それでは、ね、アンジェリーク」
「はい! また遊びに行きます!!」
自分の席へ戻るロレンスの後姿を見つめながら、アリオスは反吐が出る思いがする。
とんだ偽善者だぜ、あんたはよ!!
あの男・・・。注意せねば・・・。いままでのアンジェリークのボディ・ガードとは、何かが違う・・・。
二人は、互いに、相容れぬ相手であることを、判っていた。
何も知らないのは、アンジェリークだけだった。
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会合では、これといったことも話されず、さしたる成果もなかった。
アンジェリークも、、あの駐車場の出来事以来、襲われることはなく、平和に一日が暮れた。
アリオスは、アンジェリークを警護するためという表面的はその理由で、彼女の屋敷に泊まることとなった。
白い薔薇の囲まれた、彼女にぴったりな館。
夜も深まると同時に、アンジェリークは、アリオスを伴って、温室へと向かう。
「どうしたんだ? こんな夜更けに・・・」
「父が、最後に栽培していた薔薇が、明け方に開くかもしれないの」
「何か、それが重要なことなのかよ?」
アリオスが尋ねても、アンジェリークは穏やかな微笑を浮かべたまま、何も答えない。
訝しげに思う彼が案内されたのは、今朝彼女に会った温室のさらに奥の温室だった。
そこは死角になっており、外からは判らないようになっていた。
温室の中では、一輪の白い薔薇が栽培されている。
蕾が膨らみ、開花は間近のようだ。
「これは・・・?」
「----"青い薔薇"よ。父の研究が正しければ」
アリオスは、僅かに眉を上げる。
どう見ても、その薔薇は白い薔薇の蕾にしか、彼には見えなかった。
「-----白い薔薇の蕾にしか見えないでしょう?」
アリオスの考えを肯定するかのように、アンジェリークは小さく呟くと、憂いのある笑顔を彼に向ける。
その姿は、どこか儚げで、アリオスは抱きしめたい衝動に駆られた。
今まで、ある一人を除いては、"女は道具”だと考えていた彼にとって、それは衝撃だった。
アリオスは、思わず息を呑んでしまう。
「驚いた? 無理もないわ」
彼が息を呑んだ理由を違う方向で理解したアンジェリークは、静かに話を続ける。
その姿は、どこか神々しいとアリオスは思う。
「----父が私に残してくれた、"青い薔薇"の研究結果がまとめられたフロッピーを形にしてあげたかった」
そこで彼女は一旦言葉を切ると、自嘲的に微笑んだ。
「ホントは、私にとっては"青い薔薇”なんてどうでもいいの・・・」
「アンジェリーク・・・」
その瞬間。アリオスははっとした。
「伏せろ!!!」
彼は彼女を抱きかかえるようにして伏せ、同時に銃声が聞こえる。
「チッ、来やがったか アンジェリーク、耳を塞いでろ!!」
アリオスは右手でアンジェリークを抱えたまま、素早く左手で銃を抜くと、素早くトリガーを引いた。
「う・・・!」
僅かな悲鳴と、銃が飛び落ちる音が聞こえ、その直後に足音が遠ざかる。
彼は、ジャケットのポケットから小さなピンのようなものを取り出し、それを刺客に投げつけた。
足音はどんどん遠ざかったが、アリオスは追いかけようとはしなかった。
「おい、もう大丈夫だ」
彼の右腕の中で、小鳥のように震える彼女の肩をあやすように撫でてやった。
「発信機をつけておいたから、刺客の出所がわかるだろう」
「・・・ん、有難う、アリオス」
彼を見上げた瞳は、儚さと彼への信頼の色が陽炎になって揺れている。
力いっぱい抱きしめれば壊れそうな彼女が、今は愛しくて堪らない。
アリオスは、腕の中にアンジェリークを包み込み、その精悍な胸を押し付ける。
彼女は、息が出来なくなるのを感じるのと同時に、体が熱くなるのを感じた。
もう、アリオスには自分を抑えられなかった。
彼はゆっくりと彼女に覆い被さるようにして、激しい口づけをした----
俺がこの少女を愛してしまえば、少女に危険を与えてしまう・・・。俺は・・・、どうすればいい?
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MI−6本部----
「そう。ちゃんと"青い薔薇"の情報を流したのね? ご苦労様。ふふ、アリオスの銃の腕に感謝なさい?」
部長執務室では、怜悧な女性の声が響いていた。
彼女は通信を静かに切ると、深い微笑を浮かべた。
この指令は、あとはあなたにかかっているわ。”私の切り札”さん
後編に続く。

コメント
諜報員アリオスのパイロット版連載の2回目です。まるで新聞小説のように、毎日かかれております(笑)
次回が、もう最終回ですが、ホントに終われるのでしょうか?(笑)
申請があった翡翠様に、このアリオスをあげます
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